コラムン99:スティービー・ワンダー

99回目だ、
自己記録、もう一回だけお付き合いください。
不器用でできないことのほうが断然多い僕ですが、
周りの方のおかげで、
貴重な経験をさせていただいたことが数多くあった。
そのことは常々思ってきたしこの場でもいくつか紹介させてもらった。
そんな僕がお世話になった方達に感謝の意味を込めて
最後に書かさせてもらいます、
一度は記しておきたいと思っていたことを。

レコード会社の制作時代
自分が担当しているアーティストが
その時点で既に10年以上前から
スティービーワンダーと個人的交友関係にあった。
当時、スティービーは「心の愛」を大ヒットさせていた。
「 I jusut call to say I love you ♪」
あの名曲で、ビルボード・チャートのNo.1を走っていた。
だが、同時に彼はその曲の作曲権に関して訴えられていた。
他の作曲家があの曲は自分の作曲だ、と。
そこでアメリカで裁判になり証拠が集められていた。
そうした中でスティービーは10年近く前に友人の
その日本人アーティストにその曲をプレゼントしたことを思い出し
彼に確認してきた。
それは事実だった。
アーティストは長い年月ではあったが
当時スティービーから贈られたその曲、
スティービーが自らデモ録音したその曲を大事に持っていたんだ。
テープに入っている音は
スティービーがフェンダーのローズを弾きながら
鼻歌であのメロディーを口ずさんでいるものだった。確かに。
そのことを証言するために、日本に来ていたスティービーの弁護士に
僕も一緒に会いに行った。
訴えた人物の証言よりずっと前にそのデモテープは存在していたわけで
テープが証拠になり、ステービーへの訴えは退けられた。
後日その御礼の意味も含めて、また彼に一度プレゼントした事を忘れて
10年後ではあるが自分のアルバムに収録してしまったこともあり、
改めて新しい曲をプレゼントしてくれるという素晴らしいことになった。
更に録音も全部彼自身が行ってくれることになった。
当時はコンピューターで全部打ち込みで出来る録音が
最先端ではあるが可能に成っていて、
スティービーはいち早くそれを実現させていた。
 その録音は、丁度彼の来日ツアーが迫っていたので
そのツアー後に滞在を二週間伸ばして日本で行われることになった。
で・・・そこから我々の大変な日々、昼夜なしの二週間が・・・
エンジニアはスティービーのツアー音響エンジニアが
一緒に残り担当してくれることになり
それ以外は全て彼一人で終結する。
大スティービーを前に緊張と興奮のスタジオワークが繰り広げられる。
緊張と興奮のスタジオではあったが
まあ、日本のアーテストたちを中心に緊張の中にも
それでも良い雰囲気のスタジオ時間が過ぎるわけです。
僕はというと、目の前で刻々と作られていくスティービーの、
本当のスティービーの録音風景と音、
夢なら覚めないで、の時間が過ぎていくのです。
今更書くことも無いのですが、その凄い魅力、技術、そして
スティービーが自ら録音する仮歌
(作曲した人などがお手本と言うか例として仮に録音する)、
それまで自分としてはそれでも数多くの録音を経験してきましたが
仮歌ではあるが、彼の歌、声、音圧、すべてにおいて、
信じられない、その一言に尽きるものでした、
ともかく、すごいとしか表現できない。
 約二週間のスタジオワークで、
無事に終えて帰国するのですがその間の話題を。
彼は自分が録音したいときに録音し、したくなったらスタジオに来る。
ただし、一応前の日に「明日は13時からね」なんて心優しく言って帰る。
そう、彼は本当に心優しい人柄です。
でも翌日午後1時、当然僕達はスタジオに来て彼を待つ。
午後2時、3時、来ない・・・7時、8時来ない・・・10時、12時来ない、
午前1時到着、皆一斉に思うこと「ああ、来てくれた」
で、午前5時か6時ぐらいまで録音。
その日は終了、で、彼は帰りがけに、ニコニコ、
首を立て横に振りながら「じゃあ、明日は13時、バイ」
と言って帰る。
翌日、同じように僕達は午後1時、当然僕達はスタジオに来て彼を待つ。
午後2時、3時、来ない・・・7時、8時来ない・・・10時、12時来ない、
午前1時到着、皆一斉に思うこと「ああ、来てくれた」・・・
こんな日が3日続くといくらなんでも、
明日は13時から待つのではなくてせいぜい午後7時ぐらいでは、
なんて話していて、でも一応、てなことで
翌日やはり13時から待っていると、その日はなんと午後5時ぐらいに来場、
(あっーーー13時から来ていてよかった・・・)と。
スタジオのロビーの向こうから
彼が当時出たばかりで気に入っていたCDウォークマンを聴きながら
首を立て横に振ってリズムを取りながら、そうあの振りで登場するわけです、
これぞハッピーという感じで。で、帰るときもハッピーオーラを撒きながら。
そうだ、思い出した!
そうなんだ、彼は何度かそのCDウォークマンを聴かないで帰ったことがある。
ただその時でも必ず鼻歌を口ずさみながら、あの首を立て横に振りつつ歩く。
その時の曲が、信じられないのですが、
ほとんど「津軽民謡」みたいな感じの曲なんです。本当。
もちろん彼は津軽民謡を歌っているのではなく
そのときその時に自分の頭の中に思い浮かぶ曲を鼻歌で歌っているわけですが。
ただ会話の一つに、彼自身「前世は日本人だと思っている」
と言っていました、これも本当。
そんなかんなで二週間が過ぎオケの録音とトラックダウンが無事に終了する。
感激、感動の賜物です。
 さて終了して帰国の日、ホテルをチェックアウトのその時に
我々一同は感謝の意味をこめて
彼を送り出すためにロビーに集合した。
だがなかなかチェックアウトの手はずが済まない。
彼の周りに残っているのは、本当に身の回りをお手伝いするアシスタントだけで
マネージャーなどスタッフは随分前に帰国している。
よくは分からないが、
どうも済まされているはずのチェックアウトの手続きがなされていないようだ。
結局、これが信じられないのだが、
彼は最終的に自分のカードで全ての支払いを済ませてチェックアウトを済ませた。
その時、何だか少し寂しげな表情で・・・しょうがないよ・・・と。
一説には盲目であるがゆえに
アメリカの彼の周りには彼が把握しきいれていない自称親戚が常に多く居るとか
彼の会社には何をやっているのかわからない社員が多く居るとか、
その真は僕には分からない・・・
もしそうであったとすると、彼の持つ深い優しさゆえからかもと。

でも最後は素敵な笑顔で、素敵なオーラを身に纏って帰国した。

PS
リズム取りの首振りの原則は
左から右へが一拍目です、必ず。

今日の一言:
完成版は後日、私たちでその音源にアーティストのボーカルを録音し
最終トラックダウンして無事にリリースされました。
本当に良い経験でした、ありがとうです。
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